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「東日本大震災」関連情報

対応経過

5月30日(月)
3泊4日のオホーツク絆プロジェクトは、北見市役所到着をもって終了しました。

5月29日(日)
宮城県東松島市大曲地区の上納地区集会所で物資配布を行いました。

上納地区集会所で物資配布を待つ被災者の方々

町内製造企業から提供をいただいた支援物資は好評でした。

5月28日(土)
岩手県大船渡市大船渡中学校、赤崎地区公民館で物資の配布を行いました。

大船渡中学校での物資配布

大船渡市赤崎地区公民館から撮影

5月27日(金)
オホーツク絆プロジェクトに参加するため、今朝、職員1名が被災地に向けて出発。

5月24日(火)
オホーツク絆プロジェクト第1弾事業(27日~30日岩手県大船渡市、宮城県東松島市)に向けて、町内製造企業からご提供いただいた支援物資を北見市へ搬入しました。

4月18日(月)
午前9時から、第6回震災支援連絡会議を開催しました。
会議では、物資支援、避難・生活支援、人的支援についての現状の取り組み報告が行われ、特に斜里町として今後検討すべき町内避難者及び地元経済向け支援策などの項目を提示し、各部署での具体的な検討を指示しました。また、4月15日までの義援金額について報告がありました。

4月12日(火)
緊急援助隊(第8次北海道隊)として宮城県石巻市に派遣されていた消防職員2名が任務を終え本日午前帰町しました。
今回、派遣されたのは米谷司令補と佐山士長の2名と動員車1台。4月5日に斜里町を出発し、苫小牧からフェリーで仙台港に移動し、7日~9日までの3日間、紋別や釧路の支援隊と合同で石巻市針岡地区(富士沼周辺)と北上川右岸河川敷での捜索にあたりました。
午後1時からは町長への帰町報告が行われ、村田町長からは、被災地での過酷な環境での任務に対し、感謝と称賛の言葉でねぎらいの言葉を述べました。

4月11日(月)
午後3時から、第5回震災支援連絡会議を開催し、被災地への人的、物的支援に係る現状について共有するとともに、今後の被災地住民の受け入れに係る支援策や町内経済への影響に伴う対応等について協議しました。

4月8日(金)
緊急消防援助隊として派遣されている消防職員は、紋別・釧路の隊員と計9名体制で北上川河川敷12キロメートル区間を捜索しています。

4月7日(木)
午前10時30分に、知床温泉旅館協同組合とウトロ民宿協会が来庁し、今回の東日本大震災による観光関係への影響に伴う支援等について要望をうけました。

4月6日(水)
午後1時から、震災支援連絡会議(事務局会議)を開催しました。
会議では、これまでの町内への避難者に対する支援について検討を行いました。また、4月4日~5日の2日間で震災による影響が懸念される町内観光業者へのヒアリング調査を行った結果について報告されました。
なお、緊急援助隊北海道隊として派遣された第8次隊は、本日午後に被災地の石巻市に到着し、作業内容の引き継ぎ等が行われたとの報告がありました。

4月5日(火)
午前8時50分に消防本部前で緊急援助隊北海道隊(8次派遣)として派遣される2名の職員の出隊式を行いました。
出隊式の中で村田町長からは「未曽有の震災に見舞われた現地に赴き、支援活動を行う職員を誇りに思う。普段から鍛えている精神と体力で被災者のために全力をつくしてください」と激励の言葉が述べられ、その後、消防署員などに見送られて午前9時に消防本部を出発しました。
今回の派遣隊は、道東地域からの14人で編成され、4月11日までの期間、宮城県石巻市に赴き、さまざまな支援活動を行う予定です。

4月4日(月)
午前9時から第4回目の「支援連絡会議」を開催し、義援金の集約状況や各部における支援に向けた準備状況について報告がされました。
なお、震災名称が閣議決定により統一されたため、当町の連絡会議名称も「東日本大震災支援連絡会議」に変更しました。

4月1日(金)
斜里農協からの申し出により、救援物資として人参ジュース3,000本が陸上自衛隊美幌駐屯地に搬送されました。

3月29日(火)
午後2時からオホーツク管内市町村支援連絡会議が総合振興局で開催されました。連絡会議では、北海道のこれまでの取り組み状況等について経過説明があり、今後の被災者支援(救援物資、受け入れ)に関して意見交換が行われました。

3月30日(水)
4月号の広報しゃりに今回の震災に係る町の対応と被災地支援の取り組み状況のお知らせチラシを入れました。
東北関東大震災に係る町の対応と被災地支援の取り組み状況について PDFファイル (210KB)

3月28日(月)
午前9時から第3回目の「支援連絡会議」を開催しました。会議では各部局への要請内容や対応状況について情報共有するとともに、今後の支援に向けた対応について協議しました。
消防からは緊急援助隊の第8次派遣(4月5日~11日)として斜里町から2名が決定したことなどが報告されました。
また、午後に行われた臨時町議会では、町としての義援金500万円が議決されました。

3月24日(木)
午後2時30分から町長が町内経済団体の代表者と被災地支援に向けた取り組みや町内経済への影響などについて情報交換を行いました。

3月23日(水)
午前9時30分から救援物資の積み込み作業を実施し、その後北見地区トラック協会斜里支部のご協力により美幌自衛隊駐屯地まで物資を搬送しました。
また、第2回連絡会議の確認事項をもとに町内の親戚・知人・企業等をたよって避難されている方とその受入先などの情報収集をはじめました。

3月22日(火)
午前11時から第2回目の「支援連絡会議」を開催しました。会議では、18日から実施した救援物資の募集結果やこの間の町内対応を確認するとともに、新たに親戚、知人、勤め先などを頼って来町した(する)被災者情報を収集することなどを確認しました。

3月20日(日)
救援物資受入3日目。支援物資は斜里地域とウトロ地域を合わせて、提供者307件で、毛布160枚、バスタオル423枚、タオル6,468枚、紙おむつ11,168枚(おとな用、子ども用)でした。

3月19日(土)
救援物資の受け入れを継続して行いました。また、日本赤十字社斜里分区の皆さん、斜里町自治会連合会役員、町職員など48名が町内のスーパーなど7か所で街頭募金を行いました。

3月18日(金)
斜里町健康増進センターとウトロ支所で救援物資の受け入れを開始しました(品目限定で20日まで)。ボランティアセンターや斜里高校「イリアス」、社会福祉協議会職員などの協力をいただきました。

3月17日(木)
政策会議を発展させ、三役・部長職・関係課で組織する「東北関東大震災支援連絡会議」を庁内に設置しました。自衛隊ルートの輸送開始を想定して毛布、バスタオル、タオル、紙おむつに限定して18日から救援物資を受付すること、備蓄用品(消毒液)の提供、街頭募金への協力、観光影響の調査、建築資材調達情報の収集、緊急消防援助隊の待機、技術系派遣要請職員の待機、「義援金詐欺」への注意喚起、等を確認しました。
また、防災協定締結先である斜里町商工会に物資(おむつ)の提供協力依頼を行ったところ、加盟事業者から数多くご提供いただきました。

3月16日(水)
庁内7か所の公共施設を中心に義援金の受付を開始しました。また、斜里町共同募金委員会でも社会福祉協議会を中心に義援金の募集を開始しました。その後も、町内各所で募金箱の設置が行われています。

3月15日(火)
震災に関する4回目の政策会議を開催し、各部署への照会や想定される事項の共有、義援金募集の実施を決定しました。また、町職員派遣は要請分野を前提に職場状況をふまえて対応すること、町職員ボランティアは被ばくの危険性や被災地状況をふまえて現時点では慎重に対応すること等を確認しました。

3月14日(月)
震災に関する3回目の政策会議を開催し、庁内対応やオホーツク総合振興局や関係機関から公営住宅の空き状況等をはじめとする照会や調査への対応、各部署による想定される事項の抽出指示が出されました。

3月12日(土)
オホーツク海沿岸の津波注意報が20時20分に解除されたため「第1非常配備体制」を解除しました。この間、11日に町職員64名、12日に38名で対応しましたが特に町内被害は確認されませんでした。また、11日の「ふらっとナイト」、12日の「ウィンターフェスティバル」11日と12日の「オーロラファンタジー」等の町内イベントが中止になりました。

3月11日(金)
14時46分に 三陸沖でM9.0の超巨大地震が発生し、斜里町で震度3を観測しました。その後、15時30分にオホーツク海沿岸に津波注意報発令されたため斜里町防災計画による「第1非常配備体制」をとり、津波への警戒を防災行政無線・広報車等により広報、道路・橋梁・公共施設等の地震被害状況を確認しました。

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